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「ハゴロモ」

気持ちが少し落ち着いたので、本を読んでいます。
二度目の「ハゴロモ」よしもとばなな。
 お店を始めて最初の夏休み、完全にバランスを失っていた私は三週間、オーストラリアへ行きました。
一度目は、あっちで知り合った日本からの留学生の女の子に借りて読みました。
英語も片言、海外も初めて。ただ日本に居たく無いだけで、特に何の予定も立てずに、友人の住むタスマニアへ。
 私は日本で、当たり前の日常の事、仕事や遊び、自分の想いを思いのままに伝えたりを、何の意識も無くやっていて、同時に、外から感じる期待や要望やプレッシャーを、知らない間にいっぱい溜め込んでいて。
自分で作り出したその環境が重すぎて、一時でもそこから逃げ出したかった。
 そして私は、言葉も通じない、なんの肩書きも意味の無い、田舎過ぎて移動さえ友人の車に乗せてもらわないとままならない異国で、これまで感じた事のない孤独感に襲われていました。
ほんとに、何も無くて、あるのは私には大きすぎる自然と、時間だけ。
 恐ろしい孤独の中、勝手に背負って重すぎたはずの色んな事が、私を支えていたんだと知りました。
同時に、それを下ろした私は、今にも折れてしまいそうなくらい、何にも無い事も。
 そんな中、日本語が恋しくて読んだ「ハゴロモ」
本当に優しく染み入って、涙が出ました。その時、どの場面で感動したのかは覚えていないけど、日本に帰って、またいつか読み返してみようと思ったのを覚えています。
 当たり前の日常の、何気ない人との交流で、自分を取り戻していく主人公。特に大きな事件がある訳でも無い、そんな中に溢れる優しさのなかで、守られて、解き放たれていく過去。
 共感しながら、何かが私の中でも変わり出している気がしました。
 ある日、外を連れ歩いてもらうのにも疲れて来て、一人留守番をしていた時。特にやる事もなく、無心に薪割りをしていた私は、薪割り後、テラスで温かいお茶を飲みながら、今まで感じた事の無い爽快感と、圧倒される程の自然の美しさに感動して涙している自分に気付きました。今でも忘れません。山々の木々が、一本ずつ、はっきりと輪郭を持って迫ってきました。
 消え入りそうなくらい何も無い私だったから、沢山背負っていたら気付けなかった、ただそこにあるだけの自然と、一体になれたのかもしれません。
 日本に帰った私は、仕事を始めるにあたり、一つの決め事をしました。
それがなんであれ、自分で選ぶもの事の一つ一つを確認して、今自分が何をしているのか、何を背負っているのかをはっきりさせておこう。
そして、それらが古くなったり、重くなったり、新しい事を背負いたくなった時には、いつでも手放せるように、ちゃんと見て、知っておこうと決めました。
 仕事や責任は、社会の中の自分をたくましくしてくれます。でも、そればかりにとらわれてしまうと、自分自身がやせ細ってしまって、あまりの重みに身動きが取れなくなってしまう。そしていつか本当の自分さえも、見失ってしまうと思ったから。
 今は、中身もちゃんと磨いて、大事にして、今の自分の背負えるだけのものを持っています。いざとなれば、いつでも手放せる状態で。
そんな今、私の周りにもいつも「ハゴロモ」のような優しさが溢れている事に気付きました。
お店を始めた頃と同じ場所で、同じ私で、優しい「ハゴロモ」に包まれています。

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