« 両手のひら。 | トップページ | 大人になること。 »

決めるということ。

最近めっきりなくなったけど、雑誌や本への取材を受けていた頃は、時々若い女の子が「お話聞かせてください」と、メールをくれたり、お店にやってきたりした。
彼女たちのことを、もちろん私は何も知らないので、「はぁ、(別に)いいですよ。とりあえず、いらしてください。」とお返事した。
往々にして彼女たちは、初対面の私に「パン屋さんになりたいんです!」と、キラキラした目で言う。
 私「はい。それで、なんのお話を聞きたいんですか?」
 女の子「………」
彼女たちは、質問を持っていない。
もちろん私は、どこの誰とも知らない女の子を、パン屋さんにしてあげることも、その子の人生を変えるような決断をしてあげることもできない。
質問されれば、それなりに答えることもできるのだけど、それさえ用意していないのだ。教えてもらいにきているのに、会えば私が勝手にべらべらと、パン屋への道を説いてくれるとでも思っているのだろうか。
 私「「やりたいんです。」では出来ないし、「やります。」って言えるようになって、ちゃんと聞きたいことが見つかったら、また来てね。」
………今のところ、また来た人はいない(笑)

私は、パン屋になりたい。と、思ったことがない。
そんな風に生きている人は、そんなに多くはないのかもしれないけど、幸か不幸か「夢」を持ったことがないのだ。
だから私の毎日は、なにがしたいか。じゃなくて、なにができるか。だった。消去法の人生(笑)
月の庭で働きながらパンの卸を続けた三年目の冬、何かが変わる時期だと感じていた私は、とりあえず「パン屋なら食べていけるかな。」と、忘年会中、三十人の前で「パン屋になります。」宣言した。
何も決まってなかった。お金も無いし、やりたい場所も、お店のイメージも、なんにもなかった。でもまぁ、みんなに言っちゃったらやるだろ(笑)くらいの気持ちだった。でも、もう「決めて」いた。
次の年の夏、ふじっこぱんはオープンした。「決めて」からは、もう自分でも訳が分からないくらい、次々といろんなビジョンが見えた。イメージする中で自然に、その時やるべきことが見えた。何故だかほとんど不安は無かった。
もちろん始めてからは、乗り越えるべき新しい課題がどんどんやってきた。
辞めたいと思ったことも何度かあったけど、追いつめられる度、不思議といろんな事が起ってそれは阻止された。その時期じゃないのは、自分が一番知っていた。
「まだまだ、ここで学ぶことがある。」
そんな風な事を繰り返しながら、私は今ここにいる。毎日毎日が、「決める」ことの繰り返し。相変わらず、「夢」なんて見ている暇はない。
でもここ最近、今の形では絶対得られない感覚を知りたくてしょうがない。そうすることで、もっと人生が豊かになる。そんな予感がしてる。
私が見るのは「夢」じゃない。それは少し先の未来。描いた理想は夢物語じゃなくて、背筋を伸ばして見つめたその先の、せいいっぱい手を伸ばしたところにある。
掴む。と「決める」のは、私。

|

« 両手のひら。 | トップページ | 大人になること。 »

心と体」カテゴリの記事

コメント

こんにちは♪少し前にコメントさせて頂いたmegです。

>幸か不幸か「夢」を持ったことがない…
>私が見るのは「夢」じゃない

人生という先の知れない暗闇を、懐中電灯を持って歩く時、自分の足元周辺を集中的に明るくするか、割と遠くまでぼんやりと淡い光で照らして歩くか。…私は前者タイプかな。(fujiccoさんもかなー。)
それも年齢を重ねるごとに、”今ここ”の自分の立ち位置を見つめていようと思う気持ちが強くなってきているように思います。

本当ですね。生きることは「決める」この繰り返し。「決める」のは「何かを選ぶ」ことですよね。自分が「選んだ」ことやものに微笑み、仲良く、大事にし、自分が「選ばなかった」ことやものには執着せずに、自分からいい距離感を保っておく…。(抽象的な表現ですが^^;)そんな感じで生きていけたらな、と思います。

>でもここ最近、今の形では絶対得られない感覚を知りたくてしょうがない。
>そうすることで、もっと人生が豊かになる。そんな予感がしてる。

すごくいい文章ですね^^
地に足をつけて毎日を送るfujiccoさんだからこそ、そういう「予感」を手にすることができるのだと思いました。パン屋さんになる時も、パン屋さんの今も、これからも。
なんだか私もエネルギーをもらえました。ありがとう!


投稿: meg | 2007年1月21日 (日) 12:26

そうですね。
選ばなかったことは、時に手放す勇気も必要。
そうやってひとつづつ、これまで気づかずまとってきたものを削ぎ落としていく事が人生なのかも。と、最近は感じています。
だから結局選ぶのは、一番シンプルなものだったりするんですよね。

私もそんなに遠くまで見渡せなくていいです。
足下のドングリを拾えるくらいの生き方が、私にはちょうどいいみたいです(^^)

投稿: ふじっこ | 2007年1月24日 (水) 00:39

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/75853/5011581

この記事へのトラックバック一覧です: 決めるということ。:

« 両手のひら。 | トップページ | 大人になること。 »