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それでもボクはやってない

久々の映画月間、三週目。
今週の映画は今話題の「それボク」です。
久々に来ましたね、感想の書き辛い映画。
皆さんご存知の通り、映画は感性で観る方なので、ここまで現実的な内容だと、常時頭フル回転状態でとっても大変(笑)

これ、元は実話なんですよねぇ。でも結構普通にあるんだろうな、こういうこと。
「冤罪事件」って、ドキュメントでも、やってるとつい観ちゃうけど、もう頭の中がグルーリ三十周くらいして、絡んで、もつれて、それでも周りからはどこか、結局運が悪かっただけ。で片付けられてしまいそうな、底なしに恐ろしい社会のトラップ(怖)
人生、意味の無い事なんて無い。が持論の私ですが、ここまで社会のトラップに落とされなきゃいけない人って、ほんとにいるのだろうか。って思ってしまうくらいの理不尽さ。
自分がどんなに正直に生きていても、ある日突然、それに巻き込まれてもおかしくない社会な訳だけど、こういう事って、ひずんだ黒い社会の一つの象徴で、こういう映画やドキュメントはそれを表面化させてくれてるんだよな。これに学ばなきゃだよな。って、ほんとに思う。

この映画のただ一つの救いは、主人公の青年が、突然巻き込まれた自分の力だけではどうしようもない淀んだ流れの中で、そぎ落とし、現実と真実を見つめて、逞しくなっていくこと。単に青年の成長物語にしてしまっては、とてつもなくハードな事だらけだけど。
権力、社会性、前例、常識、偏見、思い込み、同情、不信感、体裁、組織、過責任、無責任、機能性、利便性、合理性、などなど。。。
出てくる人それぞれが、いろんな事をまといすぎていて。
利害関係がある関係ばかりじゃないのに、心が無い訳でもなさそうな、普通の人たちの中の世界の価値観が、一見強くて正しそうなものに、自覚の無いままぐるぐると巻き込まれていく。
主人公とその周りの人間だけが、それとは逆にいろんなものをそぎ落としていく。
そうして見えてくるのは、とても辛くて悲しい現実でもあるのだけれど。

経済発展、物のある便利で豊かな暮らし。
それを求めて組織された国で、早さや安さ、こうあって当たり前というものが多すぎて、人は心の声の大切さを見失ってしまった。
自分の心に聞いてみる。それは当たり前の価値観だったはずなのに。
心の価値観が忘れられてしまって、日本で一番大きい組織である国家という場所に、こんな歪んだ仕組みが集約されてしまった。
必要以上の力は歪みを起こす。
仕組みは仕組みでしかないし、道具は道具でしかない。
ただの道具であるはずの「お金」の為に人を傷つけたり、殺したり。
お金が持つ以上の力を、人が与えてしまったから、こんな本末転倒なことが起る。
人間関係も一緒。相手が変われば。とか、あなたのせいで。とか、私が全部悪い。とかね。
そんな風に関わっても、それはいつか大きな歪みとなって、悲しい結末を引き起こす。
個人の間でも、与えられ過ぎた力のせいで、小さな、でもいつでも大きくなり得る歪みが起るのに、組織化された大きなものに、その歪んだ力が集約されるのは当然の事なんだろう。
でもだからこそ、一人一人が気をつけなきゃいけない。近代国家という巨大な組織の中で生きていく人間として、きっとそれは義務だ。
そこに必要以上の力が加わってないだろうか。自身に問いかけ続けようと思う。
歪んでても、人のせい。に出来てしまう無責任な大人たちの作り出す社会に、私は歯向う術を知らないし、そこで一人武器を持って戦う事にも、歪みを感じてしまう人間だから。
小さい歪みが大きな社会の闇を作るなら、小さくても正直な心が繋がり集まって、豊かな社会を作ることも出来ると本気で信じてますからね、私。

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