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東京タワー。と、おとんの話。

今日は久しぶりの映画。「東京タワー」を観て来ました。

うーんと。
特になにか期待していた訳でもないんですが、期待以上でも、以下でもなく。そんな感じです。(どんな感じだ?)
私も原作を読んで号泣した1人ですが、映画ではそんなことはありませんでした。
ところどころで感動するシーンはあるものの、たんたんと描かれていくストーリーは、ドラマチックな起承転結がある訳でもない、この先もずーーっと続いて行く日常。
でも大きな名を残した訳でもないおかんの生き様は、静かで、でも力強くて、自分の中の「大事なもの」をちゃんと大事にしてて、潔かった。
自分が死んでから開けてみる様に、と残された箱。
そこにあるのもやっぱり、大げさなものなんて一つも無くて、でも自分の死を悟りながらも、残される人の事を思える強さ、優しさは、素敵だと思った。

私の父も私が家を出た年に亡くなっていて、でも私はその頃、いろんなことを上手く感じられない人間だったので、父が亡くなる直前の事を、実はあんまり覚えていない。
私が幼い頃から、お酒を飲んでは暴れて怪我して、しょっちゅう入院してた父。
実家は商売をしているので、私はよく病室に預けられていた。
その分他の兄妹よりは、父と一緒の時間を過ごした様に思う。
病室で折り紙やお絵描きをした。一緒に救急車に乗ったこともある。
お酒を飲んで暴れている父、ベッドでテレビを見てる父、時々作ってくれる豪快な魚料理、それにタバコと花札。それが私の知ってる父親だった。
そんな父は、私が中学か高校の頃にはもう、ほとんど寝たきりだった。
なので父との思い出も、大きくなってからはほとんど無いと言っていい。ただ弱っていく父を、思春期の私はほんとは見たくはないのだけど、でも見なくてはいけない気がして、ひどく冷静に関わっていたような気がする。
私が年齢的に大人になって、家を出る事にして、その時一度だけちゃんと話をした。
父は、きっとそれまで何もできなかった自分を悔いていたところがあったんだと思う。
気が違ったかの様に発狂する母親をベッドの上からなだめ、その時の私の決意を、真っ直ぐに応援してくれた。それしか出来なかったのかもしれないけど。
その三ヶ月後に他界した父。アルツハイマーだのパーキンソンだの、母に勝手に病名を付けられた父は、結局膵臓がんで死んだ。たっぷりのモルヒネ漬けで。
複雑過ぎた家族親族の問題と、家業の事、宗教の事、お金の事、そして私自身の事と、父の死の現実感の無さ。
慌ただしく過ぎていく葬儀までの時間に、私は父の死を、まるで人ごとの様に傍観していた。
その後何年も経って、私は父の死を受け入れることができる様になるのだけど。
だけど考えた事が無かった。
死ぬ前の、父の気持ち。
かなう事は無かったけれど、父は自宅で死にたいと言っていたそうだ。
死というのは、多くの人が言うみたいに自分で分かるものなんだろう。
それを感じながらなにを残す事もしなかった父は、その現実をどう受け止めていたんだろうか。
大人になった今の私から見れば、私の父も母も、とても弱い人だった。
いつも何かから逃げて、向き合わずに生きていたように思う。
時代とか環境とか性格とか、いろんな事情があるだろうけど、でも逃げちゃいけない事があることを、私はこの両親に学んで来た。
私は父に、手紙も写真も、形のあるものはなにも残してもらえなかった。
形のあるものは、ただそれだけでしかないのかもしれないけれど、想いを形にするという事は、少し力のいる事だと思う。
きっとそんな力も無い程に、心も体も弱ってしまっていたんだろう。
でも一応娘である私は、ほんとはなにか残してほしかった。これが正直な気持ち。
不器用ながらも愛していてくれていたことは知ってるけれど、一言でもいい、その証が欲しかったな。
そんなことを思った。

「東京タワー」のおかんは、とても強い人だったんだと思う。
最後の最後まで、周りの人たちの為に生きようとした。
死という得体の知れないものからも目をそらさずに。

当たり前の日常の中で、人は死んでいく。
それは特別でもなんでもない、当たり前の事。
でもこの世界に今まで存在していたものが、形を失うという事は、分かりやす過ぎるという意味では、非日常なのかもしれない。
その瞬間をどんな形で迎えるのか。
後に残る者たちに、その時何が出来るのか。
何もしないことも出来る。
でもきっと出来る事も沢山ある。
一度ちゃんと、考えてみようかな。と思う。







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コメント

私は最近、新しい道を行こうとしていて、そのことを父と母に話したのです。
父は、「やってみろ」
母は、『何で、普通のこのようにいきれないの??何で、人と同じことができないの??』
でした。
常に、なんだか心に重いものがあります。一番応援して欲しい人人に、突き放させる現実。

それでも、やっぱり両親には元気でいて欲しい。たくさん笑っていて欲しい。
私の道は、自分で決める。それは譲れないけれど、それ以外の
ことで、できることがあるのならしたい!
日記を読ませてもらって、心が少し軽くなりました。
私も、しっかり自分の足で立たなきゃと思います。

投稿: 美紀 | 2007年4月27日 (金) 02:53

はじめまして☆

何度かお店に向かいましたがなかなか
購入できず・・・な私です><
お休み&売り切れでした
いつか必ず><
先日念願かなって月の庭さんで
パンをいただきました^^
おいしかったです。

日記を見せていただき
なんだか胸がじーんとなりました。
私は両親に猛反対されてあきらめた夢があります。
私は結婚していますが
いまだ夢があきらめきれず・・・です

急に書き込んでしまってすみません。
連休はお休みなのかな~と
営業日を確認しようと思ってお邪魔したら
ジーンとして思わず・・・^^;

投稿: nao | 2007年4月29日 (日) 00:05

美樹さん、こんにちわ。
私にとって親や家族とは、時にとても大きなものに感じるけれど、でも実は他人なのだなぁ。と思っています。
それはすごく寂しい気持ちなのだけど、でもそれを背負ってでも、離れる事が出来たときの方が、本当の意味で感謝できるのではないかと思ってます。
親にどう思われるかよりも、自分がどう思うか。
自分が納得できる、本気の生き方を見せられる事が、親孝行であればいいな。と思ってます。
といってももう親はいませんが(笑)
反省の日々でも、できれば後悔の無いよう、がんばっていきましょうね(^^)

naoさん。はじめまして(^^)
明日はいつも通り営業してます。
月の庭よりパンも沢山ありますので、是非覗きに来てくださいね。

諦めきれない夢ですか。。
私はこれまで、特に夢もなく生きて来たのでえらそうな事は言えないんですが(汗)
たとえその夢が叶わなくても、もし他の生き方を選ばざるを得なかったとしても、その道で幸せを見つける事は出来ると思っています。
何かを選ぶ時にどれだけ納得して選べるか。
自分の選択にどれだけ責任を持てるか。
過去の自分を認めてあげられる事が、幸せへの一歩なのかもしれませんね。

想いがあるなら、まだ諦めなくていいと思います。
とーーーーーっても無責任発言ですけど(笑)
やる。もしくは諦める。と決めた時に、夢は夢で無くなるんです。

と、初めましてなのにえらそうで済みません(汗)

投稿: ふじっこ | 2007年4月29日 (日) 00:45

ありがとうございます☆
あきらめると決めた時点で夢は夢でなくなる・・・
最近思っていた言葉です。
いつかあきらめるのか、夢を追いかけるのか
自分で決めなきゃいけないと思ってて・・・。
そろそろ決断の時だなぁ~って思ってます^^;

昨日お店まで行ったのですが
やっぱりおそかったみたいで閉店していました><
で月の庭さんに寄ったら
パンが売っていてゲットしました~
まるごと一個食べたのもはじめてだったので
うれしかったです☆

今日も行ってみようと思っていたのに
掃除してたらこんな時間・・・><
いつになったらお店にはいれるのかな~><

投稿: nao | 2007年5月 6日 (日) 13:41

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