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限界を知ることは、きっと素敵な事だ。

急にこんなことになって、やっぱりいろいろ考えてしまう。

ストレスが原因なんて言われたって、自分で選んだ生活を、ただ過ごしていただけで、それも自分としてはとても充実満喫していた訳で。
それでもストレスを…なんて言われようもんなら、そんな生活楽しいか?って思っちゃう。
無理しない様に、って心掛けようとしても、無理してる自覚なんて無かったから、無理の無い事がどういう事なのかなんてこと、考えようにもどうにも思いつかない。
体の声を聞く事。それに素直に従う事。でも従えない時も、どうしてもあるよね。そりゃね。暮らしってそういうものやんね。

休みを増やそうにも、どうやって休んでいいのか解らないままでは意味の無い事。今でさえ実質週三日の休みがあるというのに。
仕事している方が調子がいいのは、きっとその方が罪悪感無く毎週の休みを取れるからだ。

この病気が確定されてしまったら(まだ精密検査はしていないので確定ではない…と思う)生命保険にも入れないらしい。
勝手に付けられた病名に引っ張られるこの妙な現実感と、長引く不安定な体調に、数日前、実はちょっと凹んでいた。

でもこんなことになって、今まで知らなかったいいことがたくさん見えて来た。
いろんなことの見方が、少しずつ変わりつつある。それは劇的ではないけど、確実なものだと思う。

体の声が聞こえるのは、健康な証やよ。今まではそれさえ解らん位、体もこころも突っ張って、麻痺してたんやから。って、ある人が言ってくれた。
病気だと思って憂鬱になることは簡単だけど、そう思うとまぁ、私も丸くなったもんだ。って、なんとなく思えた。また一つ、素の自分に触れた気がした。

きっとずっと「助けて」って言いたかった。
これは、今まで自分でも認めたく無かった、どうにも認められなかった、わたしのほんとのところ。
子供の頃から全部自分で背負い込んでしまうような性分で、こんなことにならないと言えなかったんだと思う。
発作に襲われながら、誰にも頼らずにタクシー呼んだりしたらきっと自分の心が折れる。そんな気がしていた。
だから勇気を出して一回言ってみた。気付いたらすごく沢山の手が差し伸べられていた。
だれも私を嫌いになんてならなかった。嬉しかった。今だって、ずっと嬉しい。

命に関わる事の無いこの程度の病気が私をそこまで追いつめてくれた。
それは、とても幸運な事だと思う。
癖づいてしまった「考える事」を止める事は難しそうだけど、こんな風に思うと、体もこころも暖かくなる。
今夜もそうやって、暖かくして眠る。おやすみなさい。

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心と体」カテゴリの記事

コメント

不調のないまま、過ごすと不調のないことが普通になってしまい、不調なヒトを責めることもあると思うのです。
強そうにみえるヒトでも弱みがあること、いつ不調がくるかもしれないということを感じたこと、そしてつらい時になった者の気持ちがとてもよく分かるコト。
いまさらながら、感じてしまったのではないでしょうか?
今は、それで十分ですし、それ以上の善人ぶることもないと思います。
あなたは十分やっています。ゆっくり、ゆっくり、おやすみなさい。

投稿: ナカニシ | 2008年4月29日 (火) 00:27

例えうれしいことでも、充実していることでも、
人間にはストレスになるんですって。
ダンナさんが鬱病を発症したとき、
色々勉強したとき読んだどの本にも書いてありました。

ナカニシさんのいうとおり、
本当に心折れるほどの不調に落ちたことのない人は、
「怠け者」「やる気がない」「気合がたりない」と攻めます。
でもがんばりすぎちゃって、病気になることもあるんですよね。

状況が許されるのであれば、ゆっくり空見て休みましょう。
体、大事にしてくださいね。

投稿: サクラ | 2008年5月 7日 (水) 09:54

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