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2008年11月

初作品♪

かぎ針編み初作品です♪

携帯ケースーー☆
このまましゃべれます(^^)v

minaカラーと思って色選びをしたつもりが、これはホコモモラカラーですな。

…よく見ると飛んだ目が…泣

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魔法の練習、始めました。

乙女化計画もついにここまでやってきました。

なんと……あ、編み物………ぷっ。。。

料理もお菓子作りも洋裁も着付けも、なんだかんだと手を出しては、形になったりならなかったりですが、ずっと避けて通って来た編み物。

だって、編んでるところを見てても、なんか魔法みたいで、絶対!!無理!!!!!なんて、編み針触ることもはばかられていたこの35年。

病室で過ごす時間も長くなり、かほりさんが友人に習いだしたのに便乗しました。

で、やってみたらば、た、楽しいではないか………
このつくりあげて行く実感。。パン作りを後回しにしたいくらいに楽しくて危険です(マジで)
うーーん…こんな楽しさを今まで知らずにいたのか…

今日ももくもくと練習し、小さいお花のモチーフ(キャ)と四角いモチーフ編みをマスターしました。(したのか?)

わざわざ京都からお見舞いに来てくれたさるさんを巻き込んで、今日も206号室は手芸部の様相です。(さるさん、ありがとう♪)

しばらくは編み物日記になりそうな予感。ぷぷぷ。

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せかいのはじっこのはなし。

この、世界で…

目に見えないことがどんなに大きいか。
形あることがどんなに貴稀ではかないか。

今ありがとうを言えることも。
大好きと言える人がいることも。
寒い夜、あたたかい場所で眠れることも。

すべてのものが移り変わる中で、
どれも一瞬のうちに過去になっていく。

目に見えることが多ければ多い程、
人は惑わされ、揺れ動くんだろう。
手に触れられることが意識もされない程に当たり前のことだなんて、
人の温度を知る度に、奇跡の様に思うのに。

言葉も、形も、時代を超えて、世界を超えて、メッセージを送り続けることが出来る。
でも今この瞬間の命の揺らぎは、もう次の瞬間には、違うものになっているだろう。

ほら、もうこの瞬間に。
このメッセージは、私に降り積もり、世界中に降り積もる。
これまでも、これからも、きっとずっと降り積もり続ける。

手からこぼれ落ちたと思っていた現実は、
形を失うと同時に、世界そのものになる。

そんな、小さな光の話。
世界のはしっこの、話。

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<月の庭12周年WEEK パンの販売のお知らせ>

11月21日は月の庭の12周年です。
それに伴い今週の月の庭では、12周年WEEKとして何やら密かにお祝いしているようです(…よく解っていない私…)

で、こっそりふじっこぱんも販売させてもらうことになりました。

販売日は明日11/21(金)と、11/24(月・祝)です。お届け時間は11時くらい。
月の庭の店内と、岡田屋本店で販売してると思います(…どこまで解ってないんだ…汗)

数に限りがありますので、売り切れ次第終了です。
急な連絡になりましたが、どうぞよろしくお願いします(^^)

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少女。

昨日mixiで男友達におねぇ言葉(笑)で書き込みをもらって、ハッとした。

こんなに乙女なのに嫁に行けないのは、私がまだ少女を卒業していないからよheartって。

そうか、私は乙女だけど大人の女では無かったということか…
…少し悲しいけれど(笑)ものすごく納得した。

ここ数日、病室で思い切り解き放たれている。多分、羽根が生えている(天使の…とは言わない(笑)ハトの、くらいにしておこう。)
マサルさんの事も、好きで好きでしょうがない。(笑…かほり黙認)
他にも大好きな人多数…

大好きな人がそばにいると、好きな気持ちを伝えない理由が解らなくて、相手が誰でもすぐ口に出してしまう。
笑われて、照れられたり、注意されたり?するけど、そんなのどうでも良くって、どんどん口から出る。
全然恥ずかしくなんてない。とても気持ち良い。

見返りもなんもなくてもただ好きって思える事ができるなんて、こんな私の好きという気持ちが迷惑になるかも…なんて心配もしないで、こんなに素直に好きという気持ちが自分の中に湧き出てくるなんて産まれて初めてで、それに気が付いたら今度は涙が出てきた。

人を好きになる事がどういうことか、ほんとうはずっと解らなかった。
好きという気持ちが自分の中にあることが、こんなに温かいなんて知らなかった。

お母さん大好き!
そんな無邪気な子供の時代を、私は今やり直している。間違いなく。
そりゃ、大人の女には程遠いわ(笑)

今、子供の頃の自分を想像してみた。
カウンセリングを受けたり、心の勉強をしながらも、ずっと出来なかったインナーチャイルドを解放するイメージング。

…光も闇も無い、真っ暗な中にいる小さい私。
震えた口を一文字につむんで、目をまっ赤にしながら泣くのを堪えている。
胸に何か固く抱きしめて、誰にも助けを求められずに、そこに根っこが生えたみたいに、ただ、立っている。

大人の私は、怖々手を伸ばし、そっと頭をなでる。
体の震えが手のひらを伝ってくる。

子供の私は、ぽろぽろと涙を流した。ぎゅっと体を小さく縮めて声にならない声を上げる。

…私の今出来るイメージングはここまでだった。
でも大丈夫、きっともうすぐ、抱きしめてあげられるから。

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うつくしいこと。いとおしいこと。

今日は松坂のTaRaの洋子さんがお見舞いにきてくれた。
マサルさんのお手当の後、日本の神様カードを読んでくれたり、私の体も見てくれたりした。
ほとんど初対面なのにすごく自然でいられて、私は洋子さんのことを大好きになった。

いろいろ話をした。
話さなくてもいろいろわかってくれているみたいだった。
いろんな人の心を映し出すのが上手な人だと思った。

人間の、醜いところも弱いところもめんどくさいところも大事だと思っている。今は。それでこそ人は愛おしく、美しい。
昼間かおりちゃんに、大好きな映画「ヨコハマメリー」の話をしながらそんなことを思い出していた。

洋子さんと話していて、さらさらと言葉が出てきて、昼間思っていたことと、今が繋がった。

私の体が今も時々しんどくなって、喘息なんて慢性的な状態が出やすくなっているのも、駄目なことなんじゃなくて、大事なことなんだ。

楽しくパンが焼ける様になってきて、今日はほんとに久しぶりに朝から料理も洗濯もできて、普通のことが、こんなにうれしい。どんどん楽しい。

でも私はすぐ調子に乗ってしまうから、楽しいとそればかりになってしまうから、ちゃんと息継ぎできる様に、前みたいに突っ走ってつんのめってしまわない様に、こうやって体が教えてくれてるんだな。

基本お休みの生活だから、これくらいの体の症状は、無理すればいくらでも動けるんだと思う。
でもがんばることがいつでも美しいことな訳ではないんだよね。ずっと、脅迫される様にそうやってきていたけど。

ただ目的地をもくもくと目指す遠足なんて楽しくない。
途中、しんどー!とかって、草原に寝転んでお昼寝したり、お弁当食べたり、そんなことが遠足の本当の楽しさなんだな。なんて、学校行事が嫌いだった理由はこの性格にあったんだと、今更実感(笑)

弱っちかったり、鈍かったり、知らない間に誰かを傷つけたりもするし、きっと怒らせたりもするし、でもそれでも笑っていられる今、私は幸せだなぁと思うよ。

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パンも焼いたし、ライブも行ってみた。

この週末は、久しぶりに連続でパンを焼きました。
伊勢の音楽イベントと、津の保育園のバザー用です。
どちらも喜んでもらえたようで、ほっと一息です(^^)

…と、さっそくやってきました。最近恒例になりつつある知恵熱…
まぁ、解りやすく言えば「のぼせ」と「ぜんそく」のダブル攻撃(><)あ、今日は過敏性腸炎もあって、トリプルか。とほほ。

最初のイベントパンを焼いた夜は、四日市でザ50回転ズのライブの予定も入っていて、踊り狂って叫びすぎて帰りは喉ががらがらだった。そりゃ喘息もひどくなるわな…
ザ50回転ズ、テレビで郷ひろみをくっちゃってるのを見たときから、すごいライブバンドだとは思っていたけど、あそこまでとは。
青臭いパンクロックに、あんたら、時代違うでしょ?!というくらい懐かしい感じの曲もあって、なかなか濃厚でした。

パンを焼いていると、何故かしら家事も少しずつ出来るし、体は疲れるけど
充実するわぁ。本当に久しぶりに料理もする気になったしねぇ(^^)


さー、明日からまた数日は無理の無いよう過ごして、次のイベントに備えなければ………(体力なさ過ぎだし…)

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経験

宗教とかそういうものには全然興味が無いし、偶像崇拝したり、神様を擬人化したりすることには、ずっと違和感を感じてきた。

でも目に見えない大きな力とか、すべてのもの、場所、瞬間に宿る、それこそ古くから神と呼ばれてきたものの存在は、いつの頃からか信じていたように思う。
今はほぼ毎日病院にいても、毎日表情の違う夕日を見るだけで、それを信じられる。

ずっと、したかったことがある。
日記にも何度も書いた、温かい家族の体験。
でもこればっかりは、1人では出来ない。ほんと、残念だけど。

本当の家族は、物心ついた頃にはもうばらばらだった。
実家にみんな暮らしている時から、そのばらばらな空気が、いつもいつも寂しかった。家族で一体になった記憶は、皆無に等しい。
寂しくて反抗してものれんに腕押し、いつしか訴えることも諦めて、そんな現実を受け止めるしかなかった。

誰かがそばに居るのに寂しいよりも、1人でいて寂しい方がいい。
そんな風に家を出たのは25歳の時。今から10年前。
そして家を出てしばらくした頃、月の庭と出会った。

月の力に汐が引き寄せられる様に、私は月の庭に居た。
10年の間には、もちろん引き潮の時もあったけれど、満ち潮の時はもうどっぷり。そんな濃厚な時間は、今でもまるで昨日の事の様に思い出せる。
長くて短い、月の庭での日々。月の庭との日々。

縁とは不思議なものだと思う。
月の庭に導いてくれた当時一緒にいた人は、今では一番遠くの人になってしまった。
同じ時間を月の庭で過ごし、それまで知らなかった沢山の事を知った。
本でしか知らなかった事も、頭の中で想像するしかなかった事も、いい事も、そうでない事も。
初めて、生きている場所で生きている人たちに出会えたような、そんな感動だった。

商売屋の娘だった私には考えられない、目が点になる様な伝説を数々持つ、ぶっとんだ店、月の庭(笑)
たくさんの仲間が出来た。たくさんの経験をした。いっぱい泣いて、いっぱい笑った。
それまでの固まった心と頭が、がつんがつんと打ち砕かれていった。

月の庭で過ごした日々。
マサルさんは、今までの人生で一番、私を褒めてくれた。
あらゆる事を褒め倒せる人だと知るのは数年後(笑)その頃には私は、もう豚が木に登る勢いで、パン屋なんて始めていた。
マサルさんはそのことを、「計画通り」って笑うだろう。ふん。その通り、私は上手い事のせられたんだよ(笑)でも私のお店の開店を、他の誰よりも、自分の事の様に喜んでくれたのを、私は知ってる。

かほりさんは、いつでも親身に話を聞いてくれた。そしていっぱい話してくれた。それは休日でも、深夜でも。
熱く語る事で人と繋がりたかった私は、そんな自分が時々めんどくさい人として扱われる事に、結構傷ついていたりした(笑…豪快だけど繊細なのよ)。
そんなとこがええとこやん。なんて、私のコンプレックスを長所に変えてくれた。
今では、私にしか見せない腹黒さ(小ネタ?)を時々、というかしばしば見せてくれる(笑)これが見れるのは私の特権。なんて、勝手に思ってる。

引き潮の時期は、正直辛かった。
でももう私自身の道を歩み始めていたから、引き返す事なんて、ひとつも考えていなかった。
その時はその時で、考えられる精一杯で月の庭のそばに居た。
辛くて辛くて、亀山から離れる事も何度も考えたけど、それは出来なかった。
私の手の離れたところで、大事な場所だった月の庭が、どんどん変わって行くのを見た。良い時ばかりじゃなかったから、そばに居ながら何も出来ないのが余計に辛かった。
離れないのが不思議なくらいに辛いのに、そこにいることしか出来なかった。まるで月の魔力に取り憑かれているみたいに。

独立して、パン屋になって、月の庭で出来なかった新しい繋がりが出来た。今までの繋がりも、どんどん強くなって行った。大変な分、嬉しい事も楽しいことも、ほんとにたくさんあった。
「月の庭のふじっこ」と呼ばれることを誇りに思っていた私は、そんな風に呼ばれる事に違和感を感じる様になっていった。そしていつの間にかそう呼ぶ人はいなくなっていた。それはごく自然なことで。でもそんな変化が嬉しい反面、どこか寂しかったりもした。

そんな複雑な想いにも慣れて来て、やっと自分の道を見つけられたと思えた直後に、私は倒れた。
訳が解らないまま気付いたら今まで経験した事の無いくらい、閉ざされた場所に居た。あまりに突然過ぎて、真っ暗闇の中でぐるぐる廻っているみたいだった。
実の家族にも頼れない自分が情けなくて悲しかった。悲しくても泣くことも出来なくて、1人でご飯が食べられなくなって、1人で外に出られなくなった。もちろん仕事も。あんなになんでも1人でしてきていたのに。

そんな時間を数ヶ月過ごした頃、マサルさんが外に連れ出してくれる様になった。病院行きの運転手としてだったけど。

しばらく会っていなかったマサルさんは、ひどく痛そうにしていた。
そういえば私が倒れた時、心配して電話してくれた。「病院連れて行こうか」って。自分が病人なのに(笑)
マサルさんは、会っていない間に痩せてしまっていたけど、痛みに堪えながら私の体の痛み(腹痛発作があった)の心配までしてくれていた。
話の内容も話し方も、前よりずっと優しくて、心に響く。
部屋でずっと1人でいた私なのに、すぐに心を開く事が出来た。

そうやって引き潮の時期の空白は、あっと言う間に埋まった。
ぱんぱんに張りつめたさく果がはじけて綿花になるように、一瞬のことだった。それは驚く程簡単で、不思議な感覚でもあった。
何かが動いている。そんな気がした。

その後マサルさんが緊急入院し、まだほとんど病人だった私を連れて、かほりさんが病院に通う様になる。
なんだかかほりさんを更にしんどい状況にさせているのに、なんの躊躇も無く病院について行く私。35歳、大きな子供、ココにも発見。

病院に通い出して、約二ヶ月半。
初めは自分で運転も出来ず寝てばかりだった。今も寝てばかりだけど、運転は出来るようになった(笑)

いろいろマサルさんのお手当や、身の回りのこともするけれど、何にも不自然だと感じる事は無い。
マサルさんは何でも見せてくれるし、話してくれる。
痛みに耐えてるマサルさんに「もっと同情せぇよ!」と言われようが、「同情したって良くなる訳じゃないやん。ならもっと笑える面白い話しよーやー」なんて、ほんと申し訳ないくらいに、言いたい事を言っている。おならだって出来る。(あー、言っちゃったー)

何度も言うけど、私は信心深くも無いし、神様の事もよく知らない。
でも縁という、不思議な奇跡をよく知ってる。

今の私の過ごしている時間は、私がずっと経験したかった、家族との時間。
血の繋がりという目に見える家族にとらわれてしまっていたけど、こんな形もあるんだな。ケタケタ病室で笑いながら、最近そんなことを思っていた。

ずっと私の中にある、重くて固い何かを手放せないでいた。
温かい家族の体験をしたことが無い事が、無条件に愛された記憶の無い事が、まるで自分が大きな欠陥のある人間の様に感じさせていた。
それと同時に、未熟と感じる人に、やたらと厳しくなってしまう、嫌な自分も生み出していた。

ずっとしたかった家族の経験。私の一番欲しかったもの。
私たちがもし大きな何かに導かれているとしたら、必要な経験は必要な時期に、ちゃんと出来る様になっているんだと思う。
そしてそれは、心から願えば、その時は必ずやってくるんだと思う。

こんな風に文章にすると、とても大げさな気もするけど、それはほんのささいな、日常の風景の中にもあるのだろうと思う。
毎日が必要で、あなたも必要で、もちろん私自身も同じ様に必要で。
今日の劇的な夕焼けも、窓から入る新しい風も。すべてが今この場所で必要とされながら、ここにある。

私は今、こんな大事な経験をしていて、きっともうすぐ、ずっと会いたかった私に会える気がしてる。だから苦しい事も楽しい事もなんてことない事も、同じ様に覚えていたい。
そしていつかその時が来たら、いろんなことにすべてのことに、ありがとう。を言おう。

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お父ちゃんの記憶。

最近お父ちゃんのことをよく思い出す。
なんでかな、病室にいることが多いからかな。

私のお父ちゃんは、私がまだ小学校の低学年の頃から、よく入院していた。
家が商売しているのと、小学三年生のはじめまで登校拒否しがちだったので、私はよく病室に預けられていた。
六人兄妹の五番目なのに、ほかの兄妹が一緒に病室にいた記憶がほとんどない。多分お父ちゃん子だったんだろう。

家でも一人でそうしていたように、病室の小さなテーブルお絵描きをしたり折り紙をしたりしていた。
出来上がるとうれしくて、いつもお父ちゃんに見せてた。
無精髭のちくちくしたのにすりすりするのが大好きで、いつもすりすりしていた(笑)これはたぶん、今でも好きだ(笑)

アルコール依存だったお父ちゃんは、断酒のため何度も入院して、何度も病院を抜け出して、たまに大きな病気で手術をしたりして、なんだか私の記憶の半分くらいは病院にいる。

中学生くらいの頃からは、おとうちゃんは自宅の部屋でほぼ寝たきりになった。私は思春期というやつなのか、昔のようにお父ちゃんのそばには行かなくなっていた。
でもお菓子を焼いたりすると、なぜかお父ちゃんに食べてもらいたくって、部屋まで持って行っていた。
酒好きのお父ちゃんが甘いもの好きだったかなんて、そんなことはきっとないんだろうけど、多分喜んでくれていたんだとは思う。

そんなお父ちゃんが教えてくれたのは、花札くらい。
家族旅行というか、お店の慰安旅行には行っていたけど、一緒に遊んだ記憶も無くて、お父ちゃんの笑っている顔も思い出せないでいる。

でもずっと忘れないのは、お店の台所でお酒を飲みながら作ってくれた鯛のあら汁とイワシのつみれ汁。あと、梅干しの中の天仁さんの味。お父ちゃんが梅干しの種を歯で割ってくれた。梅干しは酸っぱくて苦手だったけど、天仁さんは大好きだった。
鯛のあら汁もイワシのつみれも、子供の味覚には渋すぎて、見た目はグロくて(笑)そんなに好きでは無かったけど、食べ物に苦労したといつも話していたお父ちゃんが、私たちにお腹いっぱい美味しいものを食べさせたいと、いつも腕をふるっていた。
今食べたらきっとものすごく美味しいだろうな。そんな風に思える大人の味だったと思う。

今も時々食べたくなる、お父ちゃんの味。
味の記憶ってすごいな。

昨日、こっそりパンを焼いて、ナースステーションの看護師さんたちに差し入れをした。
いつも岡田さんに付き添っているなぞの女の私だったろうから、ご挨拶がてらに(笑)
そしたら今日から看護師さんたちの対応が違う(笑)…気がする。

食べ物の力ってすごいな(笑)
っていうか、ちゃんと手作りしたものの力なのかもなぁ。

お父ちゃん、何の因果か私も食の仕事をしているよ。
美味しいこと、誰かを思って作ること、感謝し、感謝されること。
そこに笑顔が生まれること。そして誰かと繋がること。
いろんなことを学んでいるよ。

生きている間にパンを食べてもらうことは出来なかったけど、今お父ちゃんの代わりにほんとうにたくさんの人が私のパンを食べてくれてるよ。そしてありがたいことにもっと食べたいって言ってくれているよ。
そういえばこの前、お墓参りのときパンをお供えしたね。食べてくれたかな。そういえば甘いパンばかりだったから、もうちょっとお酒に合うパンを持って行けば良かったね。でもきっとお父ちゃんは喜んでくれただろうね。お父ちゃんの笑った顔が思い出せないけど、今はいろんな人の笑った顔を思い出せるから、いろいろ重ねて、想像してみることにするよ。

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孤独の修行、痛みの修行。

今日は一ヶ月に一度の祈りの勉強の日。
名古屋の飛鳥院さんまで三人で行ってきました。

飛鳥院さんへ治療に行くのはこれで三回目。
先生はいつもはマサルさんのことを中心に、人間が生まれてきた意味や、それぞれの役割などを、にこにこしながらお話ししてくれます。

今日はマサルさんがお手洗いに行っている間、少しだけ私のことをお話してもらいまいした。
悩んでいることを聞かれ、ぱっと思いつかないまでも、やっぱり縁の薄い実の家族のことを話しました。

先生はうんうんうなずきながら、それは孤独の修行だと言いました。
孤独の修行が厳しければ厳しいほどに、そしてそれを乗り越える程に、魂は高いレベルに歩んで行くんだそうです。
そして、大きな影響を与える存在になる為にある魂は、わざわざ厳しい修行を選んでこの世に産まれ落ちるんだそうです。

一番辛い時、それは私にとっては孤独を感じる時。今のマサルさんにとっては痛みを感じる時。その時こそ、それを楽しみ、満喫することで、より一層、魂は成長し、高みに近づくんだそうです。

私は、孤独の中で悲しくて寂しくてどうしようもなかった時を過ごすなかで、マサルさんとかほりさんと、病院で過ごす日々が始まりました。
当時は車の運転さえままならなかったのに、二ヶ月を超えた今では、パンも再び焼ける様になって、少しずつ、日常生活も取り戻してきています。
最近は孤独を感じることもほとんど無く、体の声も心の声も聞きながら、穏やかに過ごしているので、孤独を楽しむことがどんなことか、すぐにはわかりませんでした。

でも帰りの車中、三人でしゃべりながら気がつきました。
今の私の状態は、正に孤独を満喫している状態だということに。

一人でなければ始められなかった仕事。一人だったから感じた限界。一人だったから不器用で、愛されないとずっと感じてきたけど、今は一人だからこそこの時間があって、一人だからこそ人といられることに感謝できて、一人だからこそ得られる経験がたくさんあるということを実感しています。

いつか二人に、そして本当の家族というかたちになりたいけれど、それもこんな大切な時間を満喫した後。楽しみに、今を楽しみたいと思います。

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毎日マサルさんのそばにいる私に、たくさんの人が声をかけてくれる。
「看病、大変でしょ?」
「無理、しないようにね」
「マサルさん、どう?」

マサルさんやかほりさんのことを心配してくれる言葉も、私の事を心配してくれる言葉も、素直に嬉しくて、ありがたいなぁって思う。

でもいつも、私の返事は同じなんだよ。

大変じゃ、ないよ。
私も一応療養中の身だから、しんどく無い日が無いと言えば嘘になるけど。

だけどやることは、いつもたった一つだけ。
マサルさんの望む事、かほりさんの望む事、私の望む事の、今目の前にある
一個だけを、ただ一生懸命やるだけなんだ。


遠い未来を思う事は、見えなさ過ぎてつかみどころがなくて、希望より不安が、いつも少しだけ多い。
思い煩う小さな不安は、いつの間にか大きくふくれあがって、気付いたら真っ暗な、恐怖になっていくみたいだ。

見えない未来に思い煩うよりも、先は見えなくても今この目の前にあることを、一つずつ、ちゃんと感じ取りながら、自分の道を創り上げて行く実感を、今の私にしっかり植え付けていこう。

「今」の私は「いつか」の私の未来であるように、一歩ずつ積み上げられた「今」が「未来」を創って行くんだから。

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幸せのイメージ。

遊牧舎さんのイベントは、おかげさまであっと言う間に売り切れになって、たくさんの仲良しのお客さんにも会えて、勝手なことをして沢山迷惑をかけているにも関わらず、とてもうれしく楽しい気持ちをいただきました(^^)
どうもありがとうございました。
さすがに早すぎる売り切れだったので、イベントの予定が無い時期は、少しずつでも焼きだそうかと、そんな気持ちにもなったりならなかったり…(どっちだよ!)
兎にも角にも、前向きな気持ちになれるイベントでした。
待っててくれる人がいるなんて、こんな幸せなことが自分に起こるなんて、あんなに自信の無かった私には不思議な気さえするけど、今は素直にありがとうって思ってます。

イベント後、少し気の緩んだいい時間は、久しぶりに三重にやってきた新潟の友人と、もうすぐ京都に行ってしまう、家族の様に私たちを思ってくれているときさんご夫婦と、ほんとうの家族みたいに、気兼ねの無い楽しい時間を過ごしました。
自宅からくるまで5分の人の家に泊まってのびのびする、大人の女二人(笑)

久しぶりのSNUGで美味しいカレーを食べて、お散歩してお花もらって、偶然大好きな友達にも沢山会って、夜は家族(?)でボードゲームなんてして(結構本気で…笑)、私のずっと憧れていた家族みたいな、そんな幸せな一日をプレゼントしてもらったみたいでした。

私は、ずっとずっと暖かい家族に恋い焦がれてきたけど、でもそれが実際どういうものなのかはよくわかってなくて、なかなかイメージできなくて。
でも、これからはきっとイメージできるな。なんて思っています。
岡田家の家族も大好きだから、今いっぱい感じている気持ちと、幸せのイメージと、そうやって明日の自分を作っていこうと思います。

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