孤独の修行、痛みの修行。
今日は一ヶ月に一度の祈りの勉強の日。
名古屋の飛鳥院さんまで三人で行ってきました。
飛鳥院さんへ治療に行くのはこれで三回目。
先生はいつもはマサルさんのことを中心に、人間が生まれてきた意味や、それぞれの役割などを、にこにこしながらお話ししてくれます。
今日はマサルさんがお手洗いに行っている間、少しだけ私のことをお話してもらいまいした。
悩んでいることを聞かれ、ぱっと思いつかないまでも、やっぱり縁の薄い実の家族のことを話しました。
先生はうんうんうなずきながら、それは孤独の修行だと言いました。
孤独の修行が厳しければ厳しいほどに、そしてそれを乗り越える程に、魂は高いレベルに歩んで行くんだそうです。
そして、大きな影響を与える存在になる為にある魂は、わざわざ厳しい修行を選んでこの世に産まれ落ちるんだそうです。
一番辛い時、それは私にとっては孤独を感じる時。今のマサルさんにとっては痛みを感じる時。その時こそ、それを楽しみ、満喫することで、より一層、魂は成長し、高みに近づくんだそうです。
私は、孤独の中で悲しくて寂しくてどうしようもなかった時を過ごすなかで、マサルさんとかほりさんと、病院で過ごす日々が始まりました。
当時は車の運転さえままならなかったのに、二ヶ月を超えた今では、パンも再び焼ける様になって、少しずつ、日常生活も取り戻してきています。
最近は孤独を感じることもほとんど無く、体の声も心の声も聞きながら、穏やかに過ごしているので、孤独を楽しむことがどんなことか、すぐにはわかりませんでした。
でも帰りの車中、三人でしゃべりながら気がつきました。
今の私の状態は、正に孤独を満喫している状態だということに。
一人でなければ始められなかった仕事。一人だったから感じた限界。一人だったから不器用で、愛されないとずっと感じてきたけど、今は一人だからこそこの時間があって、一人だからこそ人といられることに感謝できて、一人だからこそ得られる経験がたくさんあるということを実感しています。
いつか二人に、そして本当の家族というかたちになりたいけれど、それもこんな大切な時間を満喫した後。楽しみに、今を楽しみたいと思います。
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