心と体

いまをおもう。

こんなに頑張って。

とか、

一生懸命。

とか、

そういう言葉は今はあまりにもしっくりこなくてね。

でも、

ここにある、

ちっぽけな、

今、が大切。

ということが、

とてもとてもここちが良くて、

こんな気持ちでいられるのなら、

きっと不幸にはならない。

なぁんて、

パン生地を捏ねながら、

足下の名前も知らない草花にどきどきしながら、

風呂上がりに坂道を自転車ですべりながら、

なんとなくの未来に、

そして大切な今に、

幸せを思うのです。

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虹。

マイペースに暮らす。ということが、どういうことなのか。

私のペースはどうも、早すぎるようで、それは、人にも、自分にも。
とてつもなく不器用な部分と、感覚で全体像をすぅと捉えられてしまう部分と。それはとても簡単で、とてつもなく難しくて。

さて、
今日は月に一回の診察日。
今の病院にお世話になるのは、27歳の頃と、今回で二度目です。

月に一回先生と会う時間があることで、たぶんそうしていなかった時よりずっと、このひと月にあったことや、こころの動き、ほんのささいな事までが、とても大切な要素として日常にあること、それを自分で感じ取る事が少しずつ、出来る様になってきている事を、振り返る事が出来るのでしょう。

何かを創り、ただそれを喜び、分かち合える事。
大切なのは日常の中のそんな小さなことたちの積み重ね、それは確実に。
種に水をやり、太陽と共に育って行く花の様に、それはいつか実をつけて、そしてまた種が生まれる様に。

私の中の強い価値観は、ずっとそこにあり続けていて、重くて、固くて、そこにあるものだとただ、そう思っていたのだけどね。
そうでもないのだな。なんて、ふっと思う事が最近は日に何度もあって。

朝に目が覚める事も、何も無い時間から、きまぐれに有無を生み出す事も、なんてことないと思っていた暮らしには、小さくて、見過ごしてしまいそうに小さくて、ほんの一瞬だけヒカリを放つ何かがたくさん潜んでいるようです。

それはきざし、というのですか?

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少女。

昨日mixiで男友達におねぇ言葉(笑)で書き込みをもらって、ハッとした。

こんなに乙女なのに嫁に行けないのは、私がまだ少女を卒業していないからよheartって。

そうか、私は乙女だけど大人の女では無かったということか…
…少し悲しいけれど(笑)ものすごく納得した。

ここ数日、病室で思い切り解き放たれている。多分、羽根が生えている(天使の…とは言わない(笑)ハトの、くらいにしておこう。)
マサルさんの事も、好きで好きでしょうがない。(笑…かほり黙認)
他にも大好きな人多数…

大好きな人がそばにいると、好きな気持ちを伝えない理由が解らなくて、相手が誰でもすぐ口に出してしまう。
笑われて、照れられたり、注意されたり?するけど、そんなのどうでも良くって、どんどん口から出る。
全然恥ずかしくなんてない。とても気持ち良い。

見返りもなんもなくてもただ好きって思える事ができるなんて、こんな私の好きという気持ちが迷惑になるかも…なんて心配もしないで、こんなに素直に好きという気持ちが自分の中に湧き出てくるなんて産まれて初めてで、それに気が付いたら今度は涙が出てきた。

人を好きになる事がどういうことか、ほんとうはずっと解らなかった。
好きという気持ちが自分の中にあることが、こんなに温かいなんて知らなかった。

お母さん大好き!
そんな無邪気な子供の時代を、私は今やり直している。間違いなく。
そりゃ、大人の女には程遠いわ(笑)

今、子供の頃の自分を想像してみた。
カウンセリングを受けたり、心の勉強をしながらも、ずっと出来なかったインナーチャイルドを解放するイメージング。

…光も闇も無い、真っ暗な中にいる小さい私。
震えた口を一文字につむんで、目をまっ赤にしながら泣くのを堪えている。
胸に何か固く抱きしめて、誰にも助けを求められずに、そこに根っこが生えたみたいに、ただ、立っている。

大人の私は、怖々手を伸ばし、そっと頭をなでる。
体の震えが手のひらを伝ってくる。

子供の私は、ぽろぽろと涙を流した。ぎゅっと体を小さく縮めて声にならない声を上げる。

…私の今出来るイメージングはここまでだった。
でも大丈夫、きっともうすぐ、抱きしめてあげられるから。

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孤独の修行、痛みの修行。

今日は一ヶ月に一度の祈りの勉強の日。
名古屋の飛鳥院さんまで三人で行ってきました。

飛鳥院さんへ治療に行くのはこれで三回目。
先生はいつもはマサルさんのことを中心に、人間が生まれてきた意味や、それぞれの役割などを、にこにこしながらお話ししてくれます。

今日はマサルさんがお手洗いに行っている間、少しだけ私のことをお話してもらいまいした。
悩んでいることを聞かれ、ぱっと思いつかないまでも、やっぱり縁の薄い実の家族のことを話しました。

先生はうんうんうなずきながら、それは孤独の修行だと言いました。
孤独の修行が厳しければ厳しいほどに、そしてそれを乗り越える程に、魂は高いレベルに歩んで行くんだそうです。
そして、大きな影響を与える存在になる為にある魂は、わざわざ厳しい修行を選んでこの世に産まれ落ちるんだそうです。

一番辛い時、それは私にとっては孤独を感じる時。今のマサルさんにとっては痛みを感じる時。その時こそ、それを楽しみ、満喫することで、より一層、魂は成長し、高みに近づくんだそうです。

私は、孤独の中で悲しくて寂しくてどうしようもなかった時を過ごすなかで、マサルさんとかほりさんと、病院で過ごす日々が始まりました。
当時は車の運転さえままならなかったのに、二ヶ月を超えた今では、パンも再び焼ける様になって、少しずつ、日常生活も取り戻してきています。
最近は孤独を感じることもほとんど無く、体の声も心の声も聞きながら、穏やかに過ごしているので、孤独を楽しむことがどんなことか、すぐにはわかりませんでした。

でも帰りの車中、三人でしゃべりながら気がつきました。
今の私の状態は、正に孤独を満喫している状態だということに。

一人でなければ始められなかった仕事。一人だったから感じた限界。一人だったから不器用で、愛されないとずっと感じてきたけど、今は一人だからこそこの時間があって、一人だからこそ人といられることに感謝できて、一人だからこそ得られる経験がたくさんあるということを実感しています。

いつか二人に、そして本当の家族というかたちになりたいけれど、それもこんな大切な時間を満喫した後。楽しみに、今を楽しみたいと思います。

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泣き虫。

朝から日記更新、ご苦労様。(自分を慰労してみた、ちなみに寝不足…笑)

昨日からの酸素吸入といつもと違う点滴が効いてか、昨日の夜はマサルさん、ぐっすり眠れたようです。
表情も、話す言葉も、トイレに行くときの足取りも、昨日までとは全然違います。

奇跡のステージを終えた後、色んな波があって、痛みもひどくなって、強い薬も増えてしまって、急にテンションが上がったかと思えば、ひどく落ち込み、夢と現実の間を行き来しながら、昼夜関係なく眠る日々でした。

私は毎日そばにいながら、痛みを抑えることと、精神を保つことと、そのバランスがどうなっていくのか、実は心配でもあって、でも何よりマサルさん本人が、何を望んでいるのかが知りたくてしかたありませんでした。

マサルさんは、とても繊細で優しい人で、そしてびっくりするくらい、その瞬間のあらゆる状況を受け入れる力の強い人です。

私が心配してしまっているのをおそらく知りながらも、そんな不安定な状態も嫌じゃない。と言い切ったマサルさんを、ただ信じるしかありませんでした。

でも今朝目が覚めたマサルさんは、いろんな薬や、処方の力を借りながらも、すっきりとした顔で、本当に久しぶりによく眠れたことに感動し、お気に入りの朝ご飯、黒糖シュガーフランスと牛乳を、「これが最高なんや、ぐっすり眠れた後の、美味しい朝ご飯」と、涙しながら震えた声で言ってくれました。

私は泣き虫マサルさんが大好きです。
そうでなくてももちろん大好きだけど、特に。

泣き虫マサルは、「死」と仲良しなんだって。
でもそれって、「生」を実感しているってことだよね。

おはよう。マサルさん。
またいっぱい、話をしよう。

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生きています。

毎日毎日マサルさんと一緒にいます。
日記を楽しみにしてくれているみたいで、私も嬉しい。
でもね、ほんとは、一番伝えたいのはね、上手く言葉にできない事だったりする。
命。とか、生きる。とか、死ぬ。とか、そういうこと。

ずっと一人で沈んでいたときは、生きているのか、無くても同じなのか、
この手がどこに繋がっているのか。
なんにも解らなくなって、感じる事も出来なくなって、ただただ時間が流れて、悲しくて、寂しくて、このまま消えてしまいそうで、恐かった。

マサルさんは、今、生き生きと生きています。
痛みに悶える時も、悲しみに沈む時も、歓喜に満ちる時も、静かに穏やかに過ごす時も、マサルさんはほとんどの時間をベッドの中で過ごしているけど、こんなに生き生きと生きている人は、そうはいないと思う。

消えてしまいそうだった私だったのに、病室にいることで、言葉ではなく、マサルさんの存在そのままの、生きる力を感じた、というより、気付いたら生きる力の中に居た。

私は、オーバーヒートした頭と、バネの切れた身体をただ横たえて、マサルさんの呼吸に、自分の呼吸を合わせる。
今はそれだけで、生きている事を感じられる。
心だけは壊れずにいられたことに感謝する。
それだけでいいか。ここで、こうやって、呼吸を重ねられるだけで、充分過ぎるくらいの生きる力と穏やかな気持ちが身体に充満して行く。

こうやって、休んでいよう。
もう少し。休んでいたい。

バリバリ働く事、なんでも自分で決めること、責任を持つ事。
それ以外のずっと後回しにして来た事。
それが、今の自分に一番大事な事だったんだな。

後回しにして来たから、つけが溜まってか、なかなか上手にならないけど、上手じゃなくてもいいか。

今日、マサルさんが言ってくれました。
「俺の周りにおる人間は、みんな生きとるんや!」って。
ありがとう。うれしいよ、そん中に私もいるよ。
マサルさん、それはマサルさんが一番「生きてる」からやよ。

マサルさん、死ぬのは恐く無いんだって。
でも、まだまだ生きていたいんだって言った。

死を怖がること=生きたいではないんだね。そっか。
ただ、「生きたい」んだ。それは、私もおんなじだ。

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現状報告です。

日記の更新が滞っています。
が、ここ半月程は、いろいろ気付きと感動の日々です。
頭と身体が追いつかなくて、全然更新できないのですが。

さて、パン屋さんのお話をします。
ごめんなさい。
お店の再開まではもう少し時間がかかりそうです。
お任せセットのご注文を頂いているお客様にも、もうしばらくおまち頂く事になりそうです。
メールの返信がなかなかできそうにありませんので、代わってここでお知らせさせて頂く事をお許し下さい。

今更ながら私の体調不良は、心の問題を大きく含んだもののようです。
ほんとうは、ずっと前から解っていたんですが。
自己責任ながら、一旦はひどく痛んだ風になっていましたが、今は大事な人たちや、全ての物ごと、そしてほんの少しのお薬の力を借りて、少しずつ心落ち着けて過ごせる日が増えて来ました。

そしてまた少しずつですが、新しい風が、とてもやさしく吹き始めてきているようで、もう少ししたらそれを気持ちよく感じられる日が来る様な気も、やっとして来ました。

今はそんな感じで、じっくりゆっくり、自分の心と身体と向き合っていたいのです。
もう少しそんな時間を過ごさせていただきたいと思っています。

それでは、また。
今度は天気の良い日にでも。

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初胃カメラ

飲んで来た。
うえーーとげふーーと、いろんな音がした。(自分から)

空きっ腹にいろんな薬や麻酔やカメラ入れられて、検査中からゲップが出っぱなし(><)
今もお腹がごろごろ。空腹なんだかなんなんだか、訳が解らない。

幸いにも胃には問題なし。ピカピカの胃内部の写真を貰った。ピロリ君の結果は来週。
でもあんな目に遭いながら検査して、時々やってくる強烈な腹痛の原因が解らないなんてことになったら…か、悲しすぎる…

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限界を知ることは、きっと素敵な事だ。

急にこんなことになって、やっぱりいろいろ考えてしまう。

ストレスが原因なんて言われたって、自分で選んだ生活を、ただ過ごしていただけで、それも自分としてはとても充実満喫していた訳で。
それでもストレスを…なんて言われようもんなら、そんな生活楽しいか?って思っちゃう。
無理しない様に、って心掛けようとしても、無理してる自覚なんて無かったから、無理の無い事がどういう事なのかなんてこと、考えようにもどうにも思いつかない。
体の声を聞く事。それに素直に従う事。でも従えない時も、どうしてもあるよね。そりゃね。暮らしってそういうものやんね。

休みを増やそうにも、どうやって休んでいいのか解らないままでは意味の無い事。今でさえ実質週三日の休みがあるというのに。
仕事している方が調子がいいのは、きっとその方が罪悪感無く毎週の休みを取れるからだ。

この病気が確定されてしまったら(まだ精密検査はしていないので確定ではない…と思う)生命保険にも入れないらしい。
勝手に付けられた病名に引っ張られるこの妙な現実感と、長引く不安定な体調に、数日前、実はちょっと凹んでいた。

でもこんなことになって、今まで知らなかったいいことがたくさん見えて来た。
いろんなことの見方が、少しずつ変わりつつある。それは劇的ではないけど、確実なものだと思う。

体の声が聞こえるのは、健康な証やよ。今まではそれさえ解らん位、体もこころも突っ張って、麻痺してたんやから。って、ある人が言ってくれた。
病気だと思って憂鬱になることは簡単だけど、そう思うとまぁ、私も丸くなったもんだ。って、なんとなく思えた。また一つ、素の自分に触れた気がした。

きっとずっと「助けて」って言いたかった。
これは、今まで自分でも認めたく無かった、どうにも認められなかった、わたしのほんとのところ。
子供の頃から全部自分で背負い込んでしまうような性分で、こんなことにならないと言えなかったんだと思う。
発作に襲われながら、誰にも頼らずにタクシー呼んだりしたらきっと自分の心が折れる。そんな気がしていた。
だから勇気を出して一回言ってみた。気付いたらすごく沢山の手が差し伸べられていた。
だれも私を嫌いになんてならなかった。嬉しかった。今だって、ずっと嬉しい。

命に関わる事の無いこの程度の病気が私をそこまで追いつめてくれた。
それは、とても幸運な事だと思う。
癖づいてしまった「考える事」を止める事は難しそうだけど、こんな風に思うと、体もこころも暖かくなる。
今夜もそうやって、暖かくして眠る。おやすみなさい。

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言いたい事。

食べ物が体を作るのなら
言葉は心を作る

だから出来れば

美しい言葉
幸せな言葉を

沢山聞いてたい
沢山口にしたい

ありがとう

いっぱい言いたい気分なのです。

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